三味線の調弦に関する一考察

                                                  米谷 威久昭



1.はじめに

 私は最近、尺八・笛奏者としてあちこちの民謡団体に参加することがしばしばあります。
しかし、自分が所属する団体を含めて、尺八や笛を吹いていてチューニングがびったりあって気持ちよく吹けた事なんて滅多にありません。
何故でしょうか、三味線の調弦(チューニング)がどこの団体へ行ってもいい加減だからです。

私自身三味線を弾いて20年近くになりますが、実はそれ以前には吹奏楽でホルン奏者として約20年を過ごしてきたので、人一倍チューニングということには敏感なのです。
考えてみれば、40年近くも毎日毎日チューニングという仕業点検の様なことをやってきたわけです。

三味線の場合、まずはきちんとした基準の音に三本の糸の音を合わせるというのが大原則ですが、悲しいかな、それすらできない三味線奏者がほとんどなのが現実です。
それに加えて、そもそも三味線の糸というのは、ギターやバイオリンなどの弦楽器と違って絹糸で作られているために、伸び縮みしやすいというのが宿命のようになっています。
それ故、いい加減な調弦では弾いている最中に伸びたり縮んだりしてチューニングが狂ってしまうのが現実なのです。

だからと言って、三味線の糸は伸びるんだから仕方がないなどと言っていては、三味線奏者失格なのです。「調弦すらできない奴に三味線弾く資格なんかない」というのは津軽三味線の神様と言われた高橋竹山師の名言です。



2.現状は・・・・

 まずは三味線の調弦の現状はどうなっているか、と言うことから論じたいと思います。
前述しましたが、どこの団体へお邪魔しても、調弦(チューニング)がしっかりとできている所は皆無に近いです。

基準の音が調子笛であっても、尺八のロの音であっても、チューナーの電子音であっても、しっかりとその音に合わせなければなりません。
だいたいこのような団体の場合、調弦はだれか比較的音感の良い人に任せていて、自分で何とかしようとしない人がほとんどです。

3本の糸のバランスは、サワリの付き方などを頼りにすれば意外に簡単に習得できるのですが、一の糸を基本の音程に合わせることがまず基本です。

調弦に関しての音感は毎日毎日練習すれば必ずある程度のレベルまで向上できます。
ただ、他人に頼ったり、チューナーばかりに頼っていてはいつまでたっても調弦の技量は向上しません。

次に、仮に基準の音にピッタリ三味線の糸を合わせることができても、これだけでは調弦できたとは言えません。
たとえば民謡であれば3〜4分の曲の演奏途中に音が狂ってくるようであれば、これは調弦失敗です。
「糸が伸びるから仕方ないだろう」という反論が来そうですが、プロの演奏やレコーディングではこのようなことは絶対に許されません。
3〜4分の曲の最初と最後で音程が変わらないようにしてこそ、それを調弦と言うのです。
巷には掃いて捨てるほど多くの、芸名を持った三味線奏者がいますが、このような基本的技術ができないような人は、即刻芸名を返上してもらいたいものです。
また、曲の途中で、格好良くサッサッと糸巻きを回してチューニングを微調整する光景をたまに見ますが、あれは決して格好良いのではなくて、しっかり調弦ができていなかった証拠の格好悪い姿なのですよ。

三味線1丁弾きで尺八が入らない場合は、曲の途中で多少音程が下がっても、あまり気にならないのですが、三味線が複数の場合は致命的です。

尺八や笛が入った場合はもっとゆゆしい問題です。
尺八や笛はほぼ音が安定しているのですが、寒い時期には吹いているうちに少しずつピッチが上がっていくことがあります。これを防ぐためにステージに上がるときはなるべく袂にいれて楽器自体を暖めてピッチの変化が最小になるように涙ぐましい努力をします。
しかし肝心の三味線の調弦がいい加減だと、曲の途中でだんだん音程が離れていってしまうことが良くあります。これを三味線と尺八の泣き別れといいます。
永年尺八や笛を吹いている人はそのあたりを心得ていて、何食わぬ顔で少しずつメリ吹きをしてピッチを下げて、三味線に合わせるのですよ。
尺八・笛奏者の涙ぐましい努力を少しは考えて、三味線の調弦はしっかりとやってもらいたいものです。



3.どうしてずれるか

 基準の音に三味線の糸を合わせるのは、毎日の努力の積み重ねで耳を鍛えるしか方法はありません。
では、弾いている途中で音がずれるのは何故か、いくつかの原因があります。

ゆるめてあった糸を巻いて音を上げて調弦しただけでは、100%音程は下がります。
また逆に高い調子から低い調子に下げた場合は、逆にもとの調子に戻ろうとする現象が出るので、音程は上がります。
二上りから本調子に調子を変えた時に二の糸の音程が上ずる事は皆さん体験されているはずです。
逆に本調子から二上りにした筈なのに二の糸の音程がだんだん下がることも良くあります。

また、糸を張り替えた後に音が下がるのも当然の現象だと思ってはいませんか。
確かにいい加減な糸のしごき方では音程は下がってしまいます。
それを防ぐために本番ステージ前日に新しい糸に替えるとか、一度使った糸を張るとかいう話は良く聞きますが、私はステージ直前でも平気で替えたりします。
使い古しの糸で、ステージで切れることを考えると新しい糸の方が良いですからね。
結婚式なんかでは糸が切れると洒落にもなりませんので、二の糸、三の糸は当日に替えることにしています。
しっかりと糸をしごいてやれば、全く問題ありません。

ステージなどスポットライトを浴びたりすると、熱で糸が膨張して伸びるために音が下がることもよくあります。これは曲中で微調整するより方法はありません。

糸だけなら良いのですが、糸巻きがスポットライトの熱でキュルキュルと戻ることもたまにあります。
特に高価な象牙の糸巻きを付けておられる方は、象牙と糸倉の金属の膨張率が違いすぎるために良く起こる現象なのです・・・余談でした。



4.調弦・その1

三味線をケースに片づける時はだいたい糸をゆるめてしまってあると思います。
これを所定の高さの音程まで上げて安定させるのですが、この時に糸をしごいて音程が下がらないようにしなくてはいけません。
しごくと言っても、時津風部屋のしごきではありませんので、悪しからず。

冗談はともかく、津軽三味線の場合は、しっかりと力を入れて2〜3回糸をしごいて、それ以上音程が下がらなくなって安定するまでこれを繰り返します。
細棹三味線の場合は、力任せではなくて、やさしくしごきます。同様に2〜3回糸をしごいて、音程が安定するまでこれを繰り返します。
しごき方が足らないと、演奏中に音が下がってきます。ただし、やりすぎると今度は弾いているうちに音程が上がっていきますので、ちょうど良い力加減、「塩梅」というものを習得しなくてはなりません。

   

この「塩梅」というのがなかなか微妙で、太棹か細棹かでも違いますし、糸の太さでも違います。また、あわせる音の高さでも違います。
とりあえずはポピュラーな調子、太棹では2尺(4本)とか1尺9寸(5本)、細棹では1尺7寸(7本)あたりの高さでの糸のしごき加減の「塩梅」を習得してください。

この時に、どのように糸をしごくかも問題です。
ほとんどの人は上駒と駒の間の糸をしごいていると思いますが、実は、上駒と糸巻きの間、駒と音緒の間の糸の伸びも無視できないのです。

              


          


何回か糸をしごくうちの1回は上駒あたりから胴の方向へ、そして、駒のあたりから棹の方向へ引っ張るようにしごいてやると効果的です。


5.調弦・その2

ステージ等で短時間で本調子から二上り、二上りから本調子にする場合、糸巻きだけで調整して済ませる人がなんと多いことか。
いい加減な調弦では、曲の始めでは音が合っていても、だんだん音程が狂ってくるのは当然のことです。
こうなるともう三味線奏者失格です。

ではどうするか。

二上りから本調子にする場合、糸巻きだけで音を下げると糸は元へ戻ろうとするので、二の糸はじわじわと音が上がっていきます。
まず二の糸を所定の音程よりも2〜3度低い音まで下げて2〜3秒おいてから、おもむろにしごきながら音を上げます。この動作を1〜2回繰り返して音程を安定させます。
こうすれば演奏中に音が上ずることはありません。

本調子から二上りにする場合、これも同様に糸巻きだけで音を上げると、二の糸はじわじわと音が下がっていきます。
この場合は、単に2〜3回糸をしごいて音程を上げてやることで安定します。
ほんの一工夫で、演奏中に音程が変化してあわてて糸巻きを調整するという失態を防ぐことができます。

三下りの場合も二の糸と同様に三の糸も調整してやれば、万全です。



6.調弦・その3

調子を変える場合も、上記の方法を踏襲すれば全く怖いことありません。

調子を下げる場合は、3本の糸を所定の音程よりも2〜3度低い音まで一気に下げてから、しごきながら音を上げる。
調子を上げるときは、糸を2〜3度しごきながら音を上げる。
と、このように調整することを普段から心がけていれば、怖いことありません。

ステージの曲構成で、高い調子から低い調子へ一気に調子を変えなければならないことがあります。
津軽民謡などでは、1尺7寸(7本)から一気に2尺5寸(12本)とか2尺6寸(11本)まで下げるというようなこともしばしばあります。
その場合はあらかじめ高音用の三味線と、低音用の三味線を用意しておけば、あまり苦労することもないのですが、そうもいかない場合は大変です。
その場合は曲の間をしばらくMCでつないでもらって、大慌てで調子を変えることになります。
この場合は、三本の糸を一気にべろんべろんになるまで緩めます。そして一息ついてから少しずつしごきながら音を上げていきます。
途中で1曲入るのなら、その間に糸を緩めておくと良いでしょう。

プロのステージを見ていると、いとも簡単にこの作業をこなします。
自分でMCをやりながら、この作業を一瞬でやってしまう人もいます。
糸をしごく「塩梅」もわかってくると、1〜2回できちんと音が安定するようです。



7.まとめ

人間の耳というのは本当にいい加減なもので、これでばっちりと思ってチューナーで確認すると微妙にずれているものです。
チューニングの個人的な「癖」というものもあって、なかなかピッタリというわけにもいきません。

また基本になるはずの調子笛もアナログなものゆえ、チューナーで確認してみると微妙にピッチが違っていたりします。一度チェックしてあまりにもずれている笛は買い換えた方が良いと思います。

三味線の調弦は、とりあえずは自分の耳で一気に合わせて、最終チェックにはできることならチューナーを使っていただきたいものです。

尺八をチューナー代わりにして、やたらとロの音を出させる人もいますが、尺八や笛のピッチは前述したように気温でかなり変化します。
練習なら良いのですが、本番ステージの場合は最終チェックぐらいに考えていただきたいものです。それでなくても尺八・笛奏者はステージでA=442Hzピッタリの音が出せるように涙ぐましい努力をしているのですから。

複数の三味線がぴったり調弦されていると、こんなに気持ちの良いことはありません。
多少三味線の技量が劣っていても、調弦が良いと上手に聞こえるものです。
逆に三味線がいくら絶倫テクニックであっても、調弦が合ってないとただただ耳障りに聞こえることもあります。

今回、自戒の念をこめてこの考察を書きました。
直接このレポートを渡されても気分を害されるだけの方もおられると思いますので、ぜひそのような方にはかみ砕いてお話ししていただければ幸いです。



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