私の三味線歴(音楽歴・民謡歴)




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**** まずは幼き頃よりのいろいろな音楽歴 *****



  1967年   叔父さんからクラシックギターをタダで譲ってもらい、独学で弾き始める。

  1968年   独学に行き詰まり、通信教育でクラシックギターを習い始める。

  1970年   通信教育が功を奏して、クラシックの古典が結構弾けるようになり有頂天になる。

  1971年   月払いのローンで15000円のヤマハのクラシックギターを購入、ギターにどっぷり浸かる。

  1971年   高校へ進学。友人にそそのかされて吹奏楽部に入部、ホルンを担当する。

  1973年   大学へ進学、吹奏楽部か軽音楽部か悩んだ末、軽音楽部に入部、トランペットに転向するが、数ヶ月
           で部のあり方に疑問を感じて退部。

  1981年   結婚後生活も落ち着いてきたので、石川県の某市吹奏楽団に参加、再びホルンを担当する。

  1982年   大枚20数万円をはたいてヤマハのプロモデルのホルンを購入、再び吹奏楽にはまってしまう。

  1985年   またまた大枚50数万円をはたいて、ホルトンのガイヤーモデルを購入。この頃が吹奏楽の絶頂期
           だった。

  1987年   ようやく慣れ親しんできた石川県より富山県に転居して、某富山市の吹奏楽団に参加。

  1990年   吹奏楽団内で上層部との意見の対立があったりして、歳も歳なのできっぱりと楽器をやめることにした。



  
***** ここからが三味線(民謡・尺八)歴です ***** 


  1990年   義母が三味線を習うというので、幼い頃に少し耳に入っていたもので、何を思ったか自分も習いたい
           と言い出して加賀山流民謡教室「昭滋会」に入会、民謡の三味線を習い始める。最初に習ったのは
           「こきりこ節」だった。

  1990年   とりあえずは練習用の細棹民謡三味線を購入、8万円だった。

  1992年   合奏をするのに太棹も必要ということで、こちらは大枚60万円をはたいて購入、これは未だに現役
           でバリバリ働いています。

  1992年   順調に上達して加賀山流三味線講師になる。つまり加賀山流の名取りである。またまた数十万円が
           飛んでいった。

  1995年   タバコを止めて捻出したお金で30万円の細棹民謡三味線を購入。これは自分の小遣いの範囲内で
           の買い物です。

  1996年   唄のほうも習い始めるが、こちらはいまいち得意ではないので「適当」であるが、この後年に数回は
           舞台で唄うことになる。

  2000年   私の知らないところでいろいろとトラブルあったようで加賀山流民謡教室「昭滋会」が加賀山流を離脱、
           名前を「藤波会」に変更、同時に富山県民謡連合会に加盟。

  2002年   2月、「藤波会」会主の出村先生の紹介で、砺波市の鍋谷東輝(木田貫松輝)先生に師事、本格的に
           津軽三味線を習い始めることになる。思えばこれが大変な転機でもあったのでした。

  2004年   2月、邦楽器店の口車に乗ってしまい、普通車1台買える位の値段の三味線を購入。しかしさすがに
           良い音がします。

  2004年   5月に行われた津軽三味線全日本金木大会に、個人と団体でダブルエントリー、個人B級は惨敗だっ
           たが、団体は9団体中4位に入賞。

  2005年   5月、富山市の「第3回街角パフォーマンスオーディション」に、仲間と二人でエントリー、最優秀賞
           を受賞。

  2005年   5月、再び津軽三味線全日本金木大会にエントリー、個人B級はまたまた惨敗、団体は12団体中4位
           に入賞。

  2005年   5月、生徒さん1号を引き受ける、続いて6月には生徒さん2号も引き受ける、いよいよ責任重大
           になってきた。その後生徒さん1号が離脱したため2号が1号に繰り上がる。

  2006年   5月、津軽三味線全日本金木大会、個人B級に3回目の挑戦、またまた惨敗。
           団体B級は、師匠ぬきの若手6人で「まいけ」という名称で出場、5位に入賞。

  2006年   10月、シニア津軽三味線全国コンテスト、実年の部(50歳代の部)に挑戦、準優勝。

  2007年   1月、和楽器店の紹介で、尺八米谷流師範の先生(米谷威和久先生)を紹介してもらい、民謡尺八を
           習い始める。前のお弟子さんから数えること10年ぶりの新弟子だったそうです。

  2007年   5月、津軽三味線全日本金木大会、個人B級、津軽じょんから節中節で大條和雄賞(5位)に入賞。

  2007年   12月、全国津軽三味線コンクール大阪大会、壮年の部4位入賞。


  2008年   11月、生徒さん2号を引き受けることになる。 続いて12月には生徒さん3号も引き受ける。

  2009年   5月、米谷流尺八の名取「米谷威久昭」を襲名。

  2009年   5月、津軽三味線木田流貫松栄派の名取「小熊貫昭」を襲名。

  2009年   8月、全日本津軽三味線競技会名古屋大会、壮年の部5位入賞。

  2009年   10月、シニア津軽三味線全国コンテスト・靖国大会、実年の部(50歳代の部)準優勝。

  2009年   12月、全国津軽三味線コンクール大阪大会、壮年の部5位入賞。

  2010年   5月、2010津軽三味線全国大会(弘前大会)、壮年の部7位入賞。

  2010年   11月、全国津軽三味線コンクール大阪大会、壮年の部準優勝。

  2011年   5月、2011津軽三味線全国大会(弘前大会)、壮年の部5位入賞。

  2011年   7月、全日本津軽三味線競技会名古屋大会、壮年の部4位入賞。

  2011年   11月、全国津軽三味線コンクール大阪大会、壮年の部準優勝。

  2012年   5月、2012津軽三味線全国大会(弘前大会)、壮年の部6位入賞。

  2012年   5月、津軽三味線全日本金木大会、個人B級、津軽よされ節で審査員特別賞(9位)に入賞

  2012年   7月、全日本津軽三味線競技会名古屋大会、壮年の部3位入賞。

  2012年   10月、尺八のさらなるパワーアップを目指して、尺八奏者、鯨岡徹先生の富山尺八教室に通い始める。

  2012年   11月、米谷流尺八の準師範昇級試験に合格。

  2013年   5月、2013津軽三味線全国大会(弘前大会)、壮年の部4位入賞。

  2013年   8月、全日本津軽三味線競技会名古屋大会、壮年の部3位入賞。

  2013年   12月、一階級特進で佐藤松子流民謡師範に、「佐藤松博昭」襲名。




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